大判例

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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)2183号 判決

控訴人

山口俊明

右訴訟代理人弁護士

内田剛弘

羽柴駿

被控訴人

株式会社時事通信社

右代表者代表取締役

原野和夫

右訴訟代理人弁護士

小谷野三郎

中村巖

山嵜進

築地伸之

遠藤憲一

武内更一

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人が控訴人に対し昭和五五年一〇月三日付けでした控訴人をけん責に処する旨の処分が無効であることを確認する。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金一六万七六三八円及びこれに対する昭和五六年五月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、一2項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

控訴人は「一 原判決を取り消す。二 被控訴人が控訴人に対し昭和五五年一〇月三日付けでした控訴人をけん責に処する旨の処分が無効であることを確認する。三 被控訴人は、控訴人に対し、金七四万七六三八円及びこれに対する昭和五六年五月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。四 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び右三、四項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり(ただし、原判決七枚目表八行目、同一五枚目表三行目及び同一八枚目表四行目の各「科学技術庁記者クラブ」をいずれも「科学技術記者クラブ」と改め、同八枚目表六行目の「被告会社」の前に「昭和五五年当時の」を加える。)であるから、これを引用する。(控訴人)

第一  本件時季変更権行使の違法性(抗弁に対する反論の補充)

一  年次有給休暇請求権の権利性

1  年次有給休暇請求権は、憲法二七条二項の休息権及び憲法一三条の幸福追求権に基づく基本的人権であり、企業の便宜によって恣意的に制限することは許されない。また、ILOの条約、勧告においても二週間以上の長期継続の有給休暇を義務づける方向にあり、これが既に国際労働常識となっているのである。

2  このような年次有給休暇を実効ある権利として保障するためには、何時、何日間、何のために休暇をとるかが、すべて労働者の自主的選択に委ねられていることが必要であり、労働者の時季指定権に対し、使用者の承認という観念を容れる余地はないのであり、企業の運営上の都合よりも年次有給休暇請求権は優先するのである。

3  特に、わが国においては、労働時間短縮が国際的緊急課題とされており、年次有給休暇も、夏期連続集中取得による消化促進が政府によっても指摘されており、こうした巨視的観点からも、年次有給休暇の取得促進の方向での法解釈が要請される。

この観点から時季変更権行使の要件を考えれば、休暇によって生じる通常の企業運営上の支障は使用者側で受忍すべきであり、それを理由に時季変更権を行使することは許されず、それが許されるのは、当該休暇が事業場全体の運営に通常とは異なる特別に重大な支障を生じると客観的に明白に認められる場合に限ると解すべきである。

二  本件における時季変更権行使の違法

1  時季変更権行使の適否の判断基準

前記一3で述べたように年次有給休暇請求権の実効的保障の観点からは、当該休暇により、通常の支障を超えた、重大でしかもその時季に特有な支障が生じるかどうかが判断基準になるべきである。そして、本件において、控訴人休暇中の代替記者を被控訴人社第一編集局社会部内で調達しうるかどうか、それにより科学技術記者クラブの記者としての職務遂行に欠けるところがないかどうかというような点を時季変更権行使の適否の判断基準とすることは、時季を問わず恒常的に存在する事情に基づく通常の支障についてまでも時季変更権を行使することを許すことになり、年次有給休暇制度の趣旨に反するものというべきである。

2  個別的争点の補足

(1) 被控訴人の企業規模

労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの。以下同じ。)三九条三項但書の事由の存否判断の対象となる事業場は、被控訴人の場合、その第一編集局全体とみるべきところ、第一編集局には当時三八七人が在籍し、社会部のみを取り出しても、部員数は四一人であって、これは、日本経済新聞の東京社会部の三九人を上回るのであり、さらに、地方紙の場合は東京駐在者が少人数で被控訴人の規模にはるかに及ばないことを考えれば、被控訴人の企業規模は小さいとは到底いえず、企業規模の点が時季変更権行使の容認に結びつく余地はない。

なお、被控訴人は、日本経済新聞や地方紙は通信社の配信記事を利用しているから、それとの規模の比較は失当であると指摘するが、逆に新聞社には通信社の扱わない分野(地方版、特集・企画記事等)があるから、これにかなりの人員が割かれるのであり、何れにしろ被控訴人社会部が少人数であるとはいえないのである。

(2) 代替要員の確保

被控訴人社各部において、記者が病気や海外出張で長期欠勤する場合に、他部の記者が代替した実例は存在するし、仮に同じ部内で代替要員を確保する慣行があったとしても、それは絶対的、拘束的なものではなく、柔軟で変容可能なものである。

そして、一般人を読者とするマスコミの世界では、記者の取材分野は一応の目処に過ぎず、各部の記者が一応の担当部門(記者クラブ)を割り当てられていても、この割当そのものが非常に流動的であり、しかも、その割当は必然的な理由なしに行われ、ほとんどが一、二年で交代していくのが実情であって、同一部内であれば、他の記者が代わりに担当することは常に可能であり、各部間でも人員の交流は常に行われているのである。なお、被控訴人は科学技術記者クラブについては各社とも担当期間が長いとして、いかにも右記者クラブが特殊な分野であるかのような主張をするが、朝日、読売、共同、NHKは一年、他社も一、二年で交代しているのが通例であり、実態無視も甚だしい。

また、往々一つの部だけでは対応しきれないニュースがあって、部際的記者活動が必要になるし、しばしば各部間で担当分野が重なり合うこともあり、各部間の協力は日常的にも必要なのである。

本件においても、このような実情の延長として、控訴人の年次有給休暇期間の代替要員の確保のために部を超えた第一編集局全体で人員のやり繰りするという態勢をとることは充分可能であったのに、被控訴人はあえてこれをしなかったのである。

なお、本件は休暇取得による代替の問題であり、長期欠勤等により欠員を生じた場合とは違うから、他部記者によるカバーがあることを前提に第一編集局全体の人員のやり繰りを考えるべきなのであり、仮に長期休暇が欠員と同視されるとしても、被控訴人の複数の部の記者が配置されている労働省、運輸省、建設省等の記者クラブの記者達が部を超えて日常的にカバーしあっている事実に照らし、本件においても同様な配慮がなされて然るべきであった。

(3) 控訴人の専門記者性

控訴人は科学技術という特殊分野の専門記者として、特別の採用、養成、処遇を受けてきたものではないから、被控訴人は、その専門性の故に、控訴人に対し他の一般記者以上の専門能力や担当業務に対する専念を要求しうる立場にはない。

被控訴人は控訴人を鉄川記者に一年間指導させて養成したかのような主張をするが、一緒に配置されていたのは半年間にすぎず、指導らしきものは受けていない。むしろ、被控訴人は、控訴人が専門的知識習得の機会を与えるように申し入れても、これに応じることなく、終始、科学技術や原子力問題を軽視してきたのであり、科学技術記者クラブに控訴人一人しか配置せず、ほかには非常勤記者すら配置しなかったのも、その現れである。また、専門記者だから代替要員の確保が困難であるとして時季変更権行使を正当化しようとするのは、専門記者であるが故に一般記者以上の業務専念を要求することはほかならない。

また、控訴人は外国語大学出身で理工系には素人同然であったが、科学技術記者クラブ配属の始めから自らの工夫により記事を作成してきたのであり、記者であれば、誰でもこのような工夫が要請されるのであって、現に原発事故等の科学技術記事が社会部の他の記者により立派に作成されたこともあるから、控訴人の担当分野の専門性を理由に、その非代替性を強調するのは誤りである。

また、科学技術分野について他の記者が一応の記事が書けるとしても、専門解説記事においては深みに欠けるとの指摘もあるが、「専門解説記事」も、要するに一般国民向けの解説記事であり、科学者向けの論文ではないから、どの記者でも書ける範囲内のものである。そして、仮にその記事が深みにおいて控訴人が書くものに劣るとしても、それは被控訴人が受忍すべきもので、控訴人に負担を強いるのは不当である。しかも、控訴人が昭和五三年科学技術記者クラブに配属以来今日に至るまで、その専門解説記事を送稿したのは、原発事故関係では二件にすぎず(なお、被控訴人が控訴人の出稿数がもっと多いというのは、原発事故以外の解説記事を含めてのものであろう。)、それを書く機会は滅多にないのであり、仮にその必要が生じても、その性格上、速報性は要求されず、休暇を取得させても対応は可能なのである。

(4) 夏期の休暇取得

休暇、特に長期休暇を夏期に集中して取得することは、政府も奨励しているところであり、また、諸官庁、諸企業とも夏休みをとるのが通例であることから、記事とすべきもの自体が夏期に減少する。したがって、夏期における人員のやり繰りの困難を理由に休暇取得を制限するのは不当である。

(5) 事業への支障のがい然性による判断

長期休暇については、事業への支障の予測が困難であるから、がい然性をもとに判断するというのは、年次有給休暇請求権の実効的保障の目的からすると不当である。しかも、一か月程度先のことについては、重大行事の予定、人員の配置、業務の繁閑などが十分に予測可能であるのが官公庁の通例であり、がい然性で判断するしかないとする根拠自体が乏しい。

(6) 人員配置の不適正

人員配置は会社側の裁量に委ねられているが、それだからこそ、その結果としての人員のやり繰りや代替要員確保の困難を労働者の年次有給休暇取得否定の根拠とすることはできないはずである。

第二  不当労働行為(再抗弁の補充)

一  被控訴人の労働者委員会敵視

当初、少数者組合として結成された時事通信労働組合は、昭和四七、八年ころから次第に被控訴人社経営陣との密着度を強め、組合執行部は、この方針に反発して賃金闘争委員会を組織して闘争を続けた同組合経済班を被控訴人と結託して攻撃した。これに対して、昭和五一年控訴人らにより新たに結成されたのが労働者委員会であり経済班賃金闘争委員会のメンバーの大半は、この労働者委員会に所属した。控訴人は結成当初から労働者委員会の代表幹事の一人として指導的役割を果たしてきた。

被控訴人は、組合文書発送等の便宜供与、組合掲示板の貸与、組合事務所の提供等に関して、時事通信労働組合と労働者委員会とを差別して対処し、労働者委員会を徹底して敵視してきた。

二  控訴人に対する差別的処遇

控訴人は、納得しがたい理由で特派員であったモスクワから帰国させられた上、慣例によればもとの経済部に所属すべきところ所属部のない第一編集局勤務、次いで同局整理部に廻され、不当労働行為等を理由とする裁判闘争のすえ、社会部へ廻され今日に至った。これは、控訴人に対する一貫した差別的処遇であり、被控訴人の労働者委員会に対する差別的人事の象徴である。

こうした背景を考慮して理解するならば、控訴人に対する本件懲戒処分が不当労働行為であることは明らかである。

三  承認例との関係

被控訴人は、ほぼ同時期に長期の年次有給休暇をとった労働者委員会所属の梅本記者、長沼記者に対しては時季変更権を行使していないが、右一、二で述べたように、代表幹事であり活動が活発な控訴人は、特に被控訴人から嫌悪されていたのであり、労働者委員会の他のメンバーの長期休暇に時季変更権が行使されていないからといって、控訴人に対する時季変更権行使が労働者委員会としての活動とは無関係であると判断するのは誤りである。昭和五五年八月から九月にかけて行使した年次有給休暇日数は、梅本記者が二一日、長沼記者が二二日であるが、控訴人は時季指定した二二日のうち一〇日につき時季変更権を行使されたものであり、この差異は、控訴人が活発な組合活動のために被控訴人から格別に嫌悪されていたことにより生じたものなのである。

(被控訴人)

第一  本件時季変更権行使の適法性(控訴人の付加主張に対する反論)

一  年次有給休暇請求権の権利性について

年次有給休暇制度は憲法二七条に基づく権利であるが、その具体的内容は労働基準法により定まり、使用者は法定の労働時間の範囲内で就労を求めることができるのは当然であり、年次有給休暇も法の趣旨にのっとり付与すれば足りるのである。

なお、控訴人がILOの条約、勧告をを援用する趣旨は理解しがたいが、これをもって年次有給休暇は分割して与えられるべきではないと主張するのならば、ILOの条約等は解釈上の指針となるものではないから失当であり、右主張自体は現行法の建前にも反する。

また、控訴人は、時季変更権の行使は「当該休暇が事業場全体の運営に通常とは異なる特別に重大な支障を生じると客観的に明白に認められる場合」に限って許されると主張するが、不当である。制度上、ある程度の支障は容認すべきものとしても、「通常とは異なる特別に重大な」支障がなければ、また「事業場全体」の運営上の支障がなければ、時季変更権を行使しえないというのは、不当な限定であり、実質的には時季変更権の行使しうる場合を失わせる結果となるものであって、著しく不合理な基準である。また、支障が生じることが「客観的に明白である」ことを要するというのも、厳格に過ぎるものであり、事前に求められる判断である以上、支障が生じるがい然性がうかがえるかどうかを基準とせざるをえないはずである。特に、長期間に及ぶ時季指定の場合については、むしろ後半部分についての業務支障度の判断はさらに相当程度緩和されるべきである。仮に控訴人の主張するような厳格な基準によった場合、長期連続的な休暇請求に対しては、それが長期であればあるほど、使用者側の業務上の支障は大きくなるはずなのに、業務支障度の的確な予測が困難となるために、かえって時季変更権行使が制約されるという不合理な結果を招来することになる。

二  本件における時季変更権行使について

1  判断基準について

時季を問わず恒常的に存在する事情は時季変更権行使の事由とすることができないとの控訴人の主張は、根拠がなく、代替要員の確保の可否の問題は、時季変更権行使の適否判断の主要な基準であり、本件でもそれが具体的に検討されるべきなのである。

2  個別的争点について

(1) 被控訴人の企業規模

業務の実態からして、代替要員の確保の場は控訴人の所属する社会部であるから、第一編集局の人数や規模は本件において直接の問題とはならない。また、控訴人は日本経済新聞東京社会部や地方紙の東京駐在員の人員と被控訴人の社会部とを比較しているが、これら各社は、その社会面記事の多くを通信社の配信記事に頼って成り立っているのであるから、右比較は的外れである。

(2) 代替要員の確保

控訴人は、長期欠勤等の場合における他部記者による代替の実例があると主張するが、その具体例を挙げることができず、また何らの証拠も提出していない。そのような実例が存在しないことは、これまでの証拠により、既に明白である。また、控訴人の指摘する記者の取材分野の流動性とか部間人事交流、部間協力等の問題は、長期欠勤等について他部の記者が代替するかどうかの問題と、何の関わりもないことである。しかも、部間人事交流は控訴人が主張するほど頻繁ではなく、また、取材分野の流動性や取材の部間協力の点も、当然なされるべき情報交換や臨時カバーが行われているだけである。

記者の担当分野の担当期間は三年位が通例であるが、科学技術記者クラブに関しては、これをそのまま当てはめることができない。被控訴人は控訴人の前任の鉄川記者に二〇年近く科学技術庁を担当させたし、他社の科学部所属記者、とりわけ原子力担当記者の場合は相当長期の担当となるのが通例である。したがって、同一部内であれば、他の記者が担当することが常に可能であるということは、科学技術庁担当記者、とりわけ原子力担当記者については当てはまらない。

(3) 控訴人の専門記者性

控訴人は科学技術という特殊分野の専門記者として採用されたものではないが、控訴人がその専門記者としての能力を得たのは、前任者である鉄川記者の一年間の指導や被控訴人が長期にわたり原子力関係等を担当させてきたことによるのであり、被控訴人が控訴人を専門記者として養成したと言っても過言ではない。とはいえ、わが国の新聞社、通信社において、専門記者と一般記者とは処遇面で異なる扱いをしないのが一般である。

なお、被控訴人は控訴人が専門記者であるが故に控訴人に他の一般記者以上の担当業務専念を要求したことはない。それは、控訴人を除く社会部員の昭和五五年夏期の平均休暇日数は11.7日、そのうち年次有給休暇取得日数は3.9日であって、控訴人が取得した年次有給休暇日数の方が他の社会部員より多いことからも明らかである。

また、控訴人も科学技術記者クラブ加入当初からその担当分野の職責を全うしうる能力が備わっていたわけではなく、その専門性と科学技術庁単独配置に鑑み、一年間の育成期間を設けているのであり、記者であれば誰でも直ちに控訴人に代替しうるとは断じていえない。なるほど、仕事の性格上、記者は配属直後だからといって記事を書かないで済ませるわけにはいかないものであるが、その記事が専門的知識、経験を有する記者によるものと劣らないものであるかどうかが問題なのであり、記者としての気構えや建前だけでは、記事は書けないのである。なお、社会部の他の記者が原発事故の記事を出稿したことがあるといっても、その場合も事故原因の分析に関する記事や解説記事は控訴人以外からは出稿されていない。

そして、専門解説記事は、専門的事柄を一般国民にも理解してもらえるように平易に解説するものであるから、これを書く記者には相当な力量が要求されるのであり、一般国民向けであるから容易であるというのは全くの認識不足である。また、代替記者の書く専門解説記事に深みが欠ける点は被控訴人が受忍すべきであるとの主張は、不当である。既に指摘したとおり、被控訴人は代替要員によるカバーの不十分さを受忍する限度が二週間であると判断して二週間の範囲では休暇を認めたのに、控訴人はこの事実を全く無視して、一方的に被控訴人の受忍のみを強調している。なお、控訴人の専門解説記事出稿が二、三件だけであるというのは、事実に反しており、昭和五四年一月から昭和五五年七月までの間だけでも、数本はあるし、専門解説記事に速報性が要求されないというのも誤りである。

(4) 夏期の休暇取得

事件、事故は官公庁、企業の繁閑とは関係なしに生起するものであり、また、社会部記者の使命は官公庁の日常的動向を後追いするに止まるものではないから、夏期における人員のやり繰りを考慮する必要があるのは当然である

(5) その他

事業の運営に支障があるかどうかはがい然性に基づき判断すべきことは既に述べた。また、被控訴人はどんなに人員のやり繰りが困難であり、代替要員の確保が困難であっても年次有給休暇を全く否定したことはなく、本件でも二週間を限度に控訴人の時季指定を認めているのである。

第二  不当労働行為について

被控訴人は適法に時季変更権を行使し、それにもかかわらず控訴人が無断欠勤したとの非違行為に関して被控訴人社の懲戒規程等の趣旨にのっとり、これを形式的に適用して本件懲戒処分をしたものであって、控訴人主張の不当労働行為なるものとは全く無関係である。そもそも、控訴人主張のような不当労働行為は存在しない。

理由

第一本案前の主張に対する判断

当裁判所も、本件けん責処分無効確認の訴えは確認の利益がなく却下すべきであるとの被控訴人の本案前の主張は失当であると判断するものであるが、その理由は原判決理由説示一項と同一であるから、これを引用する。

第二本件けん責処分の違法性について

一本件けん責処分に至る経緯の概略等

次の1ないし3の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

1  当事者

被控訴人はニュースの提供を主たる業務目的として東京本社を中心に全国約八〇か所の支社、総局、支局を有し、海外にも多数の特派員を派遣している株式会社である。

控訴人は、昭和四二年三月に大阪外国語大学ロシア語科を卒業して、同年四月に被控訴人社に入社し、大阪支社、本社第一編集局スポーツ部、同経済部に順次配属された後、モスクワ支局特派員勤務を経て、現に本社第一編集局社会部に勤務している記者であり、昭和五三年四月から科学技術庁の科学技術記者クラブに所属している。

2  控訴人の年次有給休暇請求

控訴人は、昭和五五年当時、前年度の年次有給休暇の繰越日数二〇日を加えた四〇日の年次有給休暇日数を有していたので、同年六月二三日、関口実社会部長(以下、「関口部長」という。)に対し、口頭で、同年八月二〇日ころから約一か月くらいの有給休暇をとって欧州の原子力発電問題を取材したいとの申入れをし、同年六月三〇日同部長に、休暇及び欠勤届(同年八月二〇日から九月二〇日まで。ただし、所定の休日、時短休日をのぞいた年次有給休暇日数二四日)を提出した。

3  被控訴人の時季変更権の行使とけん責処分等

関口部長は、控訴人の右年次有給休暇の時季指定に対し、科学技術記者クラブの常駐記者は控訴人一人だけであって一か月も専門記者が不在では取材報道に支障をきたすおそれがあり、代替記者を配置する人員の余裕もないとの理由を挙げて、控訴人に二週間ずつ二回に分けて休暇をとって欲しいと回答した上、同年七月一六日付けで八月二〇日から九月三日までの休暇は認めるが、九月四日から二〇日までの期間(ただし、控訴人が休暇の始期を遅らせたときは、九月四日からその遅らせた日数だけ後の日から二〇日までの期間)に属する勤務日については業務の正常な運営を妨げるものとして、時季変更権を行使した。しかし、控訴人は同年八月二二日から九月二〇日までの間、欧州の原子力発電問題を取材する旅行に出発して、その間の勤務に就かなかったので、被控訴人は同年一〇月三日に、時季変更権の行使された同年九月六日から二〇日までの勤務日一〇日間について、業務命令に反して就業しなかったとの理由で控訴人を懲戒処分としてのけん責処分に処し、同年一二月に支給した賞与について、この一〇日間の欠勤があることを理由として控訴人には四万七六三八円少なく支給した。

二時季変更権行使判断の前提となる諸事情

〈証拠〉によれば、前記けん責処分は被控訴人社の職員就業規則に基づく職員懲戒規程四条六号により、また前記賞与減額支給は被控訴人と労働者委員会等との団体交渉に基づく欠勤者に関する支給規定によってなされたことが認められる。

そして、右一の争いのない事実によると、本件けん責処分及び賞与減額支給の違法性の有無は、もっぱら控訴人の年次有給休暇時季指定に対して被控訴人がした時季変更権行使にその要件があったかどうかにかかることが明らかである。そこで、その判断の前提となる諸事情について、順次認定、判断する。

1  被控訴人の社内事情

〈証拠〉によれば、次の各事実が認められ、原審及び当審における控訴人本人の供述中、この認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、直ちに措信しがたく、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 被控訴人の企業規模及び業務の概況

被控訴人は、国家代表通信社であった同盟通信社が解散したのを受けて昭和二〇年一一月に創立された通信社であり、昭和五五年六月当時は従業員総数一二一七人を有し、わが国の通信社としては、共同通信社(同年一月当時の従業員数一九一三人)に次ぐ規模であった。被控訴人は発足当初は、官公庁、企業に対する専門ニュースサービスだけを行っており、昭和三九年から新聞、放送等のマスメディアに対する一般ニュースサービスも行うようになったが、昭和五五年当時においても、一般ニュースサービスの比重は、収益にして一二ないし一四パーセント程度であった。被控訴人本社においてニュース取材を担当する編集局は、昭和五五年八月当時、第一編集局(職員数三八七人)、第二編集局(職員数二五人)に分かれ、それがさらに一七か部に分かれ、それぞれ専門、一般双方の取材活動をしていたが、その内、商況部、証券部、水産部は専門ニュースを中心に、また、社会部、運動部、写真部、文化部は一般ニュースを中心に、取材活動をしていた。

(2) 社会部の概況

控訴人の所属する社会部は第一編集局に属し、昭和五五年八月当時の人員は四一人で、内勤が一〇人(部長一人、次長(デスク)四人、遊軍三人、デスク補助二人)で、その他の三一人が各記者クラブに所属する外勤であったが、被控訴人からの配置人員一人の記者クラブや一人がかけもちで配置される記者クラブもいくつかあった(なお、采女会(通商産業省の記者クラブ)等、いくつかの記者クラブについては社会部と経済部その他の部とが競合して記者を配置していた。)。

このような単独配置、かけもち配置は、その繁忙度や重要性を考慮した結果であるが、被控訴人の社会部の人員上の制約のためやむなく行われていた面も否定しがたい。また、被控訴人社会部にどの記者クラブにも所属しない遊軍記者三人を配置しえたのは、同年七月であり、その配置の日的は、どの記者クラブとも関連の薄い事件の取材、大事件の応援、デスク補佐等にあったが、他社においては、遊軍記者がクラブ記者の長期差し支えの場合の代替要員として使われることも、稀ではなかった。

なお、新聞、通信社の社会部人員は、昭和五五年当時、最大の毎日新聞東京本社が一〇七人、被控訴人と同業の共同通信が九一人であり、また、サンケイ新聞東京本社が四九人、日本経済新聞東京本社が三九人であったから、被控訴人の社会部は最大手の新聞社や共同通信に比べると二分の一以下の規模であったことになるが、他の中央紙と比べても小規模であったとはいえない。

(3) 他の部との関係(部間協力の実情)

前記のとおり、各部の外勤記者は各自記者クラブに所属し、その担当分野の取材活動を行い、その原稿は各部ごとに集約されるが、取材対象たる事象自体が他の記者、他の部の担当分野と重なりあったり、自己の担当分野の取材上、他の記者、他の部からの情報が必要になったりすることは稀ではなく、その意味で被控訴人社内においても、そのような積極的情報交換や部際的記者活動等の記者間、部間の協力活動が奨励されており、また、被控訴人が複数の部の記者を配置している記者クラブにおいては、一つの部の記者に差し支えがあるときは、他の部の記者がそのカバーをすることが日常的に行われていた。

しかし、同じ社会的事象を扱うにしても、各部毎に観点や切り込み方には自ずと違いがあったし、被控訴人において、長期欠勤や長期出張等で一か月近くもクラブ記者が取材活動を行えないような場合に他の部の記者が代替した事例はなく、そのような長期代替はその記者の所属部において賄うのが慣例であった。

(4) 年次有給休暇の取得状況

昭和五五年度の被控訴人社編集部門社員の年次有給休暇取得日数は平均9.2日であり、また、控訴人を除く被控訴人社社会部員の昭和五五年夏期(七月二〇日から九月三〇日まで)の休暇日数は平均11.7日、うち年次有給休暇取得日数は平均3.9日であった。なお、昭和五五年新聞協会調査の加盟各社社員の年次有給休暇取得日数(年間)は、従業員一〇〇〇人以上規模の編集部門で10.1日であった。

2  控訴人についての事情

(1) 控訴人の職務内容及び配置状況

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

① 控訴人は前記のとおり昭和五五年八月当時、科学技術記者クラブに配置されていたが、同クラブ記者の担当分野は、科学技術庁、原子力委員会、原子力安全委員会の所管事項に対応して、原子力関係、エネルギー研究開発関係、宇宙開発関係、海洋資源開発関係、ライフサイエンス関係、防災科学関係等の多岐にわたり、なかでも、原子力関係が大きな比重を占めていた。特に、控訴人は、原子力の安全規制関係全般をその担当分野にしていたため、原子炉関係の重大事故は、すべて取材対象としていた。

② もっとも、実用発電原子炉の事故については、これを所管する通産省詰めのクラブ記者や各発電所所在の地方勤務記者も取材の対象としていた。しかし、この場合も事故原因の技術的解説記事や安全規制問題についての解説記事は、科学技術記者クラブ所属記者の担当とされていた。

③ 控訴人は、昭和五二年四月、社会部に初めて配属され、前記のとおり同五三年四月から科学技術記者クラブに常勤者として配属となったが、控訴人が昭和五一年一月モスクワから帰国してから社会部配属に至るまでの間には、特派員時代の出稿拒否行動等が災いして、第一編集局の各部が控訴人を引取ろうとしなかった経緯があった。そして、昭和五四年三月までの約一年間は、同記者クラブに多年にわたり配属されていた鉄川喜一郎記者との複数配置であったが、そのころ同記者が退職して以降は、非常勤者の配属もなく、単独配置となった。

(2) 控訴人の専門記者性の程度

前記のとおり控訴人の担当職務は、科学技術の多方面にわたるところ、原審証人関口実、原審及び当審における控訴人本人の供述によれば、その取材活動にある程度の知識の蓄積が必要であること、昭和五五年八月当時にはそれまで担当した期間における取材や学習により、その分野につきかなりの知識、経験を有していたことが認められる。しかし、原審及び当審における控訴人本人の供述によれば、控訴人は、その配置に至るまで科学技術分野についての格別の知識を有したわけではなく、また鉄川記者と複数配置されていた時期においても、同記者から通常の先任者が後任者にする一般的指導以上の格別の指導、教育を受けたものでもなかったから、その経験年数からしても、その科学技術分野の専門能力は、その知識を殆ど有しない他の社会部員と比較して、相対的に高いとはいえても、きわめて高いとはいえなかったことが認められ、原審証人関口実の証言中、この認定に反する部分は、控訴人本人の供述と対比すると、直ちに措信しがたく、他にこの認定を覆するに足りる証拠はない。

また、原審証人長沼節夫の証言並びに原審及び当審における控訴人本人の供述によれば、他の社会部員もその所属する各クラブの担当分野に応じて、それぞれに専門的知識は必要であり、科学技術分野については、相対的にその専門性の度合いが高いとはいえても、他の分野とは隔絶したような専門的能力が必要であるとまではいえないことが認められ、原審証人関口実の証言中、この認定に反する部分は、右証拠に照らし、直ちに措信しがたい。

(3) 控訴人の職務の繁忙度

原審及び当審における控訴人本人の供述によれば、控訴人が、時季指定した八月から九月にかけての期間は、科学技術庁を始めとする官公庁や一般企業等は業務閑散期であり、科学技術分野についても、もちろんこの期間に突発的な事故、事件等の取材が必要になる可能性は否定しえないにしろ、予め取材の予定された大きな行事等はなく、また、継続取材中の大事件もなかったことが認められ、この認定を覆するに足りる証拠はない。

(4) 科学技術記者クラブの配属状況(他社、他の時期との比較)

〈証拠〉によれば、昭和五五年七月当時、科学技術記者クラブに常勤記者を配置している新聞社、通信社、放送会社は、一八社あったが、被控訴人を除く各社は常勤記者を複数配置するか、少なくとも非常勤記者を同時に配置していたこと、被控訴人においても、昭和四一年八月から同五四年三月までは、複数の常勤記者を配置するか、常勤記者が一人のときは非常勤記者を配置していたことが、それぞれ認められ、この認定を覆するに足りる証拠はない。

(5) 長期休暇取得事例

〈証拠〉によれば、被控訴人社の外勤記者で、年次有給休暇を含めて一か月程度の海外旅行をした者は、過去にも数人いること、殊に、社会部の長沼節夫記者は控訴人とほぼ時期を同じくする昭和五五年八月二六日から同年九月二五日までの海外旅行を行い、そのために年次有給休暇を二二日取得しており、また、経済部の梅本浩志記者も同じ期間海外旅行を行い、そのために年次有給休暇二一日を取得していること、右両記者とも、その年次有給休暇時季指定につき、所属部の上司から、短縮ないし二分して取得するようにとの勧告を受けたが、これに従わなかったのにもかかわらず、被控訴人は右両者に対して時季変更権を行使しなかったことが、それぞれ認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(6) 長期休暇申請の目的、時期並びに折衝経緯

控訴人の本件年次有給休暇時季指定は、欧州における原子力発電をめぐる状況の調査、視察をする取材旅行を目的としたものであり、出発予定の約二か月前に口頭で予告され、さらにその一週間後に書面で時季指定されたのに対し、関口部長は、二週間ずつ二回にわけて取得するように勧告したが、控訴人がこれに従わなかったため、後半部分につきを時季変更権を行使したものであることは、既に判示したとおりである。そして、〈証拠〉によれば、その後、控訴人の所属する労働組合である時事通信労働者委員会と被控訴人との間で右時季指定及びその変更権行使をめぐり団体交渉が二回行われたが、その中で、被控訴人側は、控訴人の担当分野の専門性による代替要員確保の困難を強調したのに対し、労働者委員会側は、同委員会のメンバーで経済部のエネルギー記者会及び采女会(通産省担当の記者クラブ)所属記者に控訴人の代替をさせる案を提案したが、被控訴人は受け入れず、妥協点を見出せないまま、控訴人は欧州取材旅行に出発したこと、控訴人は、その前日に関口部長に対して、被控訴人が憂慮する原子力発電所事故等の突発的大事件が発生した場合には旅行を切り上げて帰国する用意があるとしてその際の緊急連絡先を告げたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

3  その他の事情

(1) 取材対象―原発への関心等

〈証拠〉によれば、昭和五四年三月にアメリカ合衆国スリーマイル島の原子力発電所事故が発生し、それ以降、わが国の国民の間でも、原子力発電所及びその事故に対する関心が高まっていたことが認められる。しかし、原審証人関口実の証言中、昭和五五年当時、原子力発電所や原子炉の事故が多発していたとの部分は、これに反する前掲乙第一七号証に照らし、直ちに措信しがたく、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。

(2) 長期休暇への一般的考え―夏期体暇の奨励

〈証拠〉によれば、昭和五五年当時、わが国の労働者の労働時間が欧米諸国と比較して長いことが、既に国際的な問題となっており、労働省編の同年版労働白書は、その原因の一つは年次有給休暇の消化率が低いことにあり、その低い理由の一つは、年次有給休暇を連続取得する慣行がなく、それに対応する企業側の態勢が整っていないことを挙げ、年次有給休暇取得促進を国際的課題であると指摘していたこと、同年六月に被控訴人も加盟する日本新聞協会が加盟七四社の回答を得た年次有給休暇調査によると、年次有給休暇取得の奨励策として、夏休みや年末年始に継続して休暇を取得するようにしている会社が二三社あったことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(3) 現実の支障の有無、程度

〈証拠〉によれば、控訴人が本件休暇による旅行中で勤務に就かなかった間は、同じ社会部に配置され、デスク補助で気象庁記者クラブにも所属していた田中里見記者が控訴人の代わりに科学技術記者クラブをカバーしたこと、同記者はかつて同クラブの非常勤記者であり、控訴人が昭和五三年に中国旅行をした際もそのカバーをしたことがあったこと、結果的には、本件休暇により代替期間中、原子力発電所事故等の突発的な大事件もなく、田中記者が通常の科学技術関連記事一五本を出稿していること、被控訴人は、この代替のためにデスク補助業務にしわ寄せがあったし、田中記者の原稿は、専門知識の不足のために控訴人のそれよりも劣るものであったとの評価をしているのに対し、控訴人自身はその原稿は自己のものと遜色がないと評価していることが、それぞれ認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

三時季変更権行使の当否の判断

1  判断の基準

労働者の年次有給休暇請求権は、労働基準法三九条一、二項の要件を充足することにより、法律上当然に発生し、使用者はこれを労働者に与える義務を負うに至るのであり、労働者がその有する休暇日数の範囲内で、具体的休暇の始期と終期を特定してその時季を指定したのに対し、使用者が時季変更権を行使して、その指定の効力を失わせることができるのは、客観的に同条三項但書所定の事由が存在する場合、すなわち、指定された時季に年次有給休暇を取得されることが「事業の正常な運営を妨げる」と客観的に認められる場合でなければならない。

そして、右の「事業の正常な運営を妨げる」かどうかは、当該労働者の所属する事業場について、その事業場の規模及び業務内容、当該労働者の担当する職務の内容、性質及びその職務の繁忙度、これらを踏まえた代替要員確保の難易、それによる事業への影響の程度その他の諸般事情を指定された休暇期間の長短とも関連させて、客観的、合理的に判断すべきであり、また、その判断に際しては、前記のような年次有給休暇請求権の権利としての性格を害する結果にならないように配慮しなくてはならない。

2  具体的判断

右1の基準に従い、前記一、二の事実に基づき、本件において被控訴人が時季変更権を行使したことの当否について判断する。

(1)  控訴人は被控訴人社の編集部門の記者であり、第一編集局に配属していたから、支障の有無は第一編集局の業務についてみるべきであるが、第一編集局は各部に分かれ、その間の協力態勢はあるにしろ、取材は基本的には各部毎に集約される方針であったし、長期の代替は慣行的には各部内で行われていたのであるから、支障の有無は、まず控訴人の配属していた社会部についてみるのが相当である。

(2)  被控訴人社全体の企業規模は、通信社として共同通信に次ぐ大規模なものであるが、専門ニュースサービスを主体としているため、一般ニュースサービスのための取材を中心とする社会部は、大新聞や共同通信の二分の一以下の四一人という人員規模であり、外勤記者の記者クラブ単独、かけもち配置もかなり行われていたから、人員にゆとりがあったとはいいがたい。そして、控訴人は科学技術記者クラブに単独配置され、前記認定のような科学技術分野の多岐にわたる取材活動を職務としており、その分野をいつでも補佐、補充しうるような非常勤記者の配置はなかったから、控訴人が勤務しえない事情が生じれば、直ちに本来科学技術分野を担当しない他の記者をもって補充するほかはなく、これにより、その記者の本来の担当職務遂行に影響が生じる状態にあったといわざるを得ない。そして、控訴人の担当した科学技術分野は、その取材に当たり科学技術に関する知識、経験が必要とされ、また、例えば原子力発電所の事故原因や原子力安全問題についての解説記事等も担当職務とされていた関係で、そのための専門知識も必要であったから、この点において、その職務を代替するのに一定の困難が伴うことも否定しがたい。しかし、控訴人もそのような知識、経験の取得に努めていたとはいえ、専門的に養成されたわけではなく、配属以来二年強経過したばかりの時期であったから、他の記者と隔絶した専門的能力を有していたわけではなく、また、科学技術分野の記者に心要とされる知識、経験の専門性自体が他の分野の記者クラブ配属記者に要求される知識、経験と比較して、その専門性の程度が高いとしても、それは相対的なものに止まっていたのであるから、代替による影響に関し、この控訴人の専門記者性をとりわけ重視するのは相当ではない。したがって、控訴人が勤務しないことによる影響は、右の代替者の本来の担当職務遂行への影響及びこれに伴う波及的な影響と代替者による科学技術分野の代替職務遂行に伴うある程度の質の低下が考えられるに止まるものとみるべきであり、人員の逼迫、職務の専門性を考慮しても、控訴人の職務が代替不能とはいえないのはもとより、代替が著しく困難であったとはいいがたい。

(3)  もっとも、控訴人の指定した年次有給休暇は連続して二四日(結果的には二二日)という長期のものであったから、それを代替する要員の確保にかなりの困難があることは否定しがたく、また、通信社の編集業務、記者の職務の性質上、取材を要する社会的事象、特に大事件が何時、どの程度発生するかを正確に予測するのは難しいから、その要員確保の困難と本来の担当者によらないその間の職務遂行に影響する度合いについての事前の判断は、その当時既に確定している事情、予測しうるかぎりの事情に基づきある程度のがい然性をもって行うほかはないが、その判断に基づく時季変更権の行使が権利としての年次有給休暇請求権行使の効力を失わせる結果をもたらすものである以上、慎重な吟味を要するというべきである。

そして、代替要員の確保の困難については、なるほど、社会部員は、それぞれ担当職務を有し、記者クラブに所属しない三人の遊軍記者も、独自の目的から設置されたばかりであったから、被控訴人として、これを安易に控訴人の職務の代替に廻すわけにはいかなかった事情は理解しうるが、そのため代替用員が確保しえないとして時季変更権を行使しうるかどうかは別問題である。そして、現に田中記者が代替したことを考えても比較的担当職務の暇な外勤記者やデスク補助記者により代替する方法も採りうるところであったとみるべきである。現に、同じ社会部の長沼記者の同じ時季の年次有給休暇取得に対しては、被控訴人も、そのような前提で時季変更権行使に至らなかったものとみられる。

また、代替要員による職務遂行に伴う業務の質低下についても、被控訴人が最も問題とする原発事故に関してみると、第一報的記事は経済部の通産省担当記者や地方記者の取材と重複する部分があり、視点や切り込み方に差異があるとしても、ある程度のカバーも期待しうるところであり、解説記事についても、確かに記者の知識、経験の多少により深みに差異が出ることは否めないが、その深みの差異も、控訴人の当時の専門的能力から考えてこれを理由に時季変更権を行使することが認められるほどに顕著なものであったとはいえない。

〈証拠〉によれば、現に本件懲戒処分後の昭和五六年四月一八日未明敦賀原子力発電所において放射線漏れの事故が発生した際、右事故を知った関口社会部長が被控訴人社へ電話をかけ、たまたま当直明けで在社した控訴人から、事故の件は整理部長から経済部長に連絡ずみであり、経済部で取材をカバーするであろうと聞かされ、関口部長も、右事故については経済部記者で十分取材しうると考えて、特段の処置をとらなかったことが認められるのである(もっとも、前掲各証拠によれば、右事故についての被控訴人社内の連絡指示不十分のため取材が立ち遅れたことにつき、整理、経済、社会各部長及び編集局長が減俸、けん責等の懲戒処分に付されていることが明らかである。)。

(4)  そして、控訴人が時季指定した期間は、官公庁や一般企業の業務閑散期であって、科学技術分野についての大きな行事予定や取材継続中の重大事件も無かったのであり、原子力発電所の事故が多発していたわけでもないから、特に社会部の事業に支障が大きい期間を指定したということはできないのであり、被控訴人が事業上の支障として述べる事情は、控訴人が長期の年次有給休暇を取得する場合には、いわば恒常的に存在する事情であった。

(5)  さらに、控訴人の指定どおりの年次有給休暇取得により代替要員確保の困難、代替者による職務遂行に伴う業務の質的低下が生じ、それが社会部の業務に対する支障と評価されるとしても、前記のとおり被控訴人社の社会部員の配置にゆとりがなかったこと、特に科学技術記者クラブに控訴人だけを単独で配置したことがその原因であり、社会部の人員のゆとりのなさはともかくも、控訴人の単独配置は、他社の例や被控訴人自体の過去の例からしても、また、被控訴人が控訴人の担当する科学技術分野が専門性が強く代替に困難を伴うと認識していたことから考えても、適正を欠いたといわざるをえず、それが業務上の支障発生につながったと評価せざるをえないから、これを時季変更権行使の根拠として重視するのは相当ではない。なお、人員配置自体は使用者の裁量に属するとしても、だからといって、その配置の不適正による結果までも労働者が受忍しなければならないものではないから、右の判断は人員配置の裁量性と何ら矛盾するものではない。

(6)  したがって、控訴人の指定どおりの年次有給休暇取得により被控訴人社の社会部の業務に全く支障が生じないわけではないが、その程度は、時季変更権行使を認めうるほどに大きかったとはいえず、本件における被控訴人(関口部長)の時季変更権の行使は適法要件を欠いたものといわざるを得ない。

3  補足的判断

(1)  被控訴人は、夏期は例年、休暇取得者が多く、人員のやり繰りに困難をきたす時期であり、控訴人の時季指定権行使のあった六月末の時点では各部員の夏期における休暇取得予定も確定していなかったことも、重視されるべきであるとの主張をするが、なるほど事業上の支障の有無をがい然性に基づき判断する以上、それが考慮すべき要素の一つであるとはいえても、前記のとおり、夏期は一般的には業務閑散期であり、新聞協会加盟社にも夏期の長期休暇取得を年次有給休暇消化促進策として奨励するものがあったのであるから、被控訴人社社会部についても一般的には業務の全体量は少ない時期であったとみられるのであって、人員のやり繰りの困難といっても、時季的には比較的少ない業務の分担の問題であって、この点を重視することはできない。

(2)  また、被控訴人は控訴人の時季指定の全部について時季変更権を行使したわけではなく、二四日(結果的には二二日)の時季指定に対して一二日(結果的には一〇日)についてだけ時季変更権を行使したのであり、被控訴人は代替要員の確保等で困難のある中で、一二日の年次有給休暇取得は許容したものであって、これが年次有給休暇の権利と事業上の支障との調整としての受忍の限度であるとの主張をするが、なるほど、昭和五五年ころにおける新聞協会加盟の大規模新聞社等の編集部門職員の年次有給休暇平均取得日数10.1日、被控訴人本社の編集関係職員の年次有給休暇平均取得日数9.2日、同年夏期における被控訴人社社会部員(控訴人を除く。)の休暇平均取得日数11.7日(内年次有給休暇3.9日)と対比すると被控訴人が許容した一二日は右平均値を上回るものであることになるが、被控訴人は控訴人に当時四〇日の年次有給休暇を権利として与えていたのであり、前記時季指定はその六割(結果的にはそれ以下。)に止まり、業務閑散のこの時期の取得日数を短縮するように求めることは、他の時期の残りの年次有給休暇日数についての時季指定がなされることを予定することになり、そうとすれば、一般的には業務への影響はむしろ大きくなる可能性が高いとみるべきであって、非現実的であり、また、これを二分して指定するように求めることも、控訴人の休暇取得の目的が海外における取材旅行にあることからすると、事実上は短縮を求めるのと同意義である(そして、一般的に時季変更権の行使は他の時季における年次有給休暇の完全消化が可能であることを前提とするとみるべきところ、本件のような時季変更権の行使を許容するときは、控訴人が、その有する年次有給休暇を完全消化することができないことにつながるものである。)。

なお、被控訴人は、年次有給休暇制度の目的からしても、休暇を一括して取得するのではなく、一ないし二週間の期間を単位に取得するのが望ましく、控訴人の連続二四日の本件年次有給休暇時季指定は制度の趣旨に反すると主張するが、独自の見解であって採用しがたい。

(3) 被控訴人は、その業務の性質上、業務阻害の判断には休暇の期間が重要な判断要素になり、また、指定期間の後半部分についての業務阻害性の判断は相当程度緩和され、ある程度のがい然性があれば足りるものというべきであるとの主張をするが、被控訴人の業務、控訴人の担当職務の性質上、その支障の有無、程度を事前に予測することが困難であることは既に判示したとおりであり、確かに一般的にはその期間が長くなるほど、また、先になるほど、その困難さが増大するものとは考えられるが、事業の正常な運営を妨げるがい然性の程度の基準を著しく軽減しなければならないほどの困難があるとは認め難く、右主張は失当である。

(4) 被控訴人は、控訴人の時季指定した時期が、休暇の始期のわずか二か月前であり、被控訴人が対応措置をとるには時間的に困難であったとして、控訴人の指定時期をも問題にするが、一か月(実質二四日)の年次有給休暇の時季指定を二か月以上も前に行うべきであるとすることはそもそも相当ではなく、前記認定の事情からしても、通常の範囲の対応措置が時間的に困難であったとはいいがたいし、むしろ、それより前に時季指定をしても、その指定時季における業務上の支障の有無の的確な判断が困難な面すら考えられるのである。

(5) 突発的大事件への対応

被控訴人は、控訴人が一か月も欧州旅行で不在では、万一原子力発電所の事故等が発生したときの連絡、執務に重大な支障が生じるとの主張をするが、控訴人の不在のためにそのような事故への対応に直ちに重大な支障が生じるものではないことは、既に認定、判断したところから明らかであり、また、支障が生じる可能性があるとしても、控訴人が、旅行出発に際して、万一の場合には旅行を切り上げて帰国する用意があることとそのための連絡先を告げていることからみても、被控訴人としても時季変更によらず、そのような措置を控訴人に求めることにより対応しえたとみられるのであるから、この点も時季変更権行使を根拠づけるものとはいえない。

四本件けん責処分の効力

以上のとおり、被控訴人の時季変更権行使は適法とはいえず、控訴人はその時季指定により、昭和五五年八月二二日から同年九月二〇日までの間の年次有給休暇の権利を行使したことになるから、この間に控訴人に就労を命ずる業務命令は違法であり、したがって、この命令に従わなかったからといって、被控訴人社の職員懲戒規程四条六号の「職務上、上長の指示命令に違反したとき」に該当するとはいえず、これを理由とする本件けん責処分は違法であり無効であると断ぜざるをえない。

付言するに、〈証拠〉によれば、控訴人はモスクワ支局特派員勤務当時控訴人の出稿した原稿についての被控訴人の対応に不満を抱き、出稿を拒否して被控訴人の再三の警告にも従わなかったこと、昭和五一年一月帰国後さきに配属していた経済部ではなく、第一編集局に所属部のないまま配属されたことを不満として、経済部会開催の会場に無断入室し、再三の退去命令に応じなかったことが数回に及んだこと、そのころ不当配転処分粉砕等と記載したビラを小林編集局長の椅子、机の周辺に約六か月間毎日一枚ずつ貼ったことなど、およそ会社従業員として常識に欠けた言動を繰り返した(これらの行為が正当な組合運動を逸脱したものであることはいうまでもない。)ことが明らかであり、このような控訴人に対し使用者たる被控訴人側がいわゆる不快感を抱いていたことは肯けないではないが、そうであるからといって、被控訴人として、控訴人に対して反省を求めるべきかどうかはともかく、控訴人の正当な権利行使たるべき本件年次有給休暇の時季指定を排除して時季変更権を行使することは許されるべきではない。

したがって、控訴人の本件懲戒処分無効確認請求は理由があり、認容すべきである。

第三損害賠償請求について

一責任原因

被控訴人が、本件けん責処分が違法であることを知っていたと認めるに足りる証拠はないが、前記認定判断した諸事情に照らすと、被控訴人が右処分は適法であると信じたことには過失があったというべきであり、したがって、被控訴人は控訴人に対して、違法な右処分によって控訴人が被った損害を賠償すべき義務がある。

二損害

1  賞与減額分

前記のとおり、控訴人は、時季変更権が行使された期間(一〇日間)の欠勤を理由として、昭和五五年一二月の賞与を四万七六三八円少なく支給されたから、同額の損害を被った。

2  慰謝料

控訴人は、適法に行使された年次有給休暇を理由に違法な懲戒処分を受け、これにより名誉を傷つけられたというべきであるが、その処分の内容は始末書をとり将来を戒めるものに止まるものであるから、これによる精神的苦痛に対する慰謝料は五万円をもって相当とする。

3  弁護士費用

控訴人が、本件けん責処分の無効確認と損害賠償とを求めて本件訴訟を提起し、その訴訟追行を弁護士に委任したことは、本件訴訟上明らかであるが、本件起訴の内容や結果に照らすと、これに要した弁護士費用のうち、現実の支払までの中間利息を考慮した上で、七万円の限度で被控訴人の不法行為との因果関係が認められる。

三まとめ

したがって、控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求は、右1ないし3の合計金一六万七六三八円及びこれに対する履行期後である昭和五六年五月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであるが、その余は理由がないから棄却すべきである。

第四結論

以上のとおりであって、これと異なる限度において原判決は失当であるから、これを本判決主文第一項のとおり、変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森綱郎 裁判官小林克已 裁判官河邉義典)

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